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3歳児神話、この間ヤフーニュースになってましたね。
出典:http://news.yahoo.co.jp/pickup/6220346

母親悩ませる3歳児神話の亡霊
「3歳児神話」の亡霊…保育園は悪?
12年間の追跡調査でわかったこと 母親追い詰める「我慢して当然」

というタイトルに、
思うところがあって、書いてみます。
3歳児神話については諸説あると思いますが、
私の娘が3歳児だった結構前の話。

この神話は、
当時、
フルタイムで働き、
子どもを保育園に預ける私を、
かなりの破壊力で傷つける神話でもありました。

自分の仕事に誇りを持っていたし、
幸い素晴らしい保育園だったので、
自分の人生、
子どもの環境に罪悪感はありませんでした。

ただ、
子どもを世界一愛している自信はあっても、
育児は初めて、当然自信はありません。(がんばってたけど)
自分の生き方を否定するこの神話に、
とても傷付いていました。

神話の是非は私には興味はありません。
育児は個人的な体験だと思うので、
何が正しい、と説く立場ではありません。
正直なところ、
人間万事塞翁が馬。
育児は人生と同様複合的なので、
1つの事象が何か善悪を決定する要因とは思いません。

今はね。

ただ、当時は真剣に 悩んでいました。

では、
傷付いた私は
どうこの感情を処理していたのか。

日本の主流と思われる、
この育児観、
専業主婦としての育児を肯定するこの神話、
同時に
働くお母さんを否定するこの神話、
この神話に基づくアドバイスをたくさんいただきました。

「 子どものためを思うなら、仕事をやめなさい。」

おそらく
親切心で言ってくれるその人たちのアドバイス、
私は全然うれしくありませんでした。

むしろ、その発言に対して、
憎悪といってもよい感情を持っていました。

アドバイスをくれる人に対して、

「あなたの娘さんが、
今の私と同じ目に遭いますように
今の私と同じように傷付き、悩みますように」

と恐ろしい呪いをかけるくらいでした。

今はもう、
あのときの呪いの気持ちはありません。
呪いをかけて、
私と同じくらい不幸になればいい、
と思っていた自分の思慮の浅さをかわいそうだと思うし、
当時のいっぱいいっぱいだった気持ちを懐かしく思います。

そもそも、
フルタイムの働き方が自分には無理があったことに気付き、
そういう生き方をやめたので、
余計に頑なだった自分の気持ちがわかります。

ゆっくり時間がある(ように見えた)
専業主婦の方達のことを
ずるく、うらやましく見えたんだなあ、ということも気付きました。

立場が違うと見える世界って違いますよね。

他人の意見は他人の意見であって、
自分が影響を受ける必要はないし、
他人の人生にとやかく言うことは失礼だ

と今の私は思っています。

だけど育児ってこの手の話題、
全否定か全肯定、
みたいな話題多いですよね。

母乳か粉ミルクか?

食事は手作りか否か?

みたいな。

そりゃ理想を言えばいろいろあるけど、
そこで振り返るべきは自分であって、
他人の人生ではない。

今は強くそう思います。

なので、3歳児神話、
どっちでもいいと思います!

というのが私の最近の結論です。

3歳児神話を根拠にしたアドバイスに傷付いている人、
私がどっちでもいいって言ってたから、
どっちでもいいんだ、って思ってくれるとうれしいです。

そして3歳児神話に勇気づけられている人、
いろいろ言ってすいません。
違う考えの一つなので気にしないでくださいね。

お母さんが幸せならそれでいい、
今はそう思うようになりました。

今日のランチはカレーかおそばか?

くらいな話題だと思ってくれれば幸いです。

最後に、私が呪いをかけてしまった人へ。

本当にすいません。
呪うべきは、当時の至らない自分でした。。。

自分の働くお母さんとしての生き方を否定されて悲しかったくせに、
外で働かない専業主婦のお母さんとしての生き方を否定する小さい自分。

(専業主婦の人も働いているので、
働かない、という言葉は誤解を招くし差別感を助長すると思いますが。
この話はいずれ)
かわいいけれどかわいいだけじゃない子どもを抱えて、
日々忙しくて余裕がなくて。

 

今も余裕なく、心が狭くなるときもありますが、
なるべく多様な考えを受け入れる自分でいたいな、と思います。

 

たぶん
否定するより同調するより、
多様さを受け入れるほうがトータルで見たら幸せだと思うので。

なんてね。